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好縁墓の思い出

  • 2014年11月28日
  • 読了時間: 2分

11月25日、好縁墓のネット墓参が、NHK「おはよう日本」で紹介された。NHKからの、突然の取材依頼で驚いたが、何とか無事に終了し、ほっとしている。好縁墓は、ネット墓参用に設計された墓地で、2002年12月に完成し2004年7月からネット墓参サービスを開始した。もう一つの特徴は、多様化した家族に対応する為、永代使用墓と一代使用墓が混在する、今までにない21世紀のお墓である。


この10年で最も印象的だったのは、2011年3月11日に起きた東日本大震災での出来事である。あの時は、アクセスが集中し、ライブカメラが一時機能不全に陥った。墓参カメラでのお墓の確認と、お天気カメラで仙台がどうなっているのかを、見るためだったのだろう。災害時における有効性を、まざまざと教えてくれた出来事であった。福島に、このような機能を持ったお墓があれば、原発事故で全国に避難した檀信徒に、大いに喜ばれたことだろう。確かに、現場に行かずとも、ライブカメラで被害状況を見れれば便利である。


10年間、様々な経験をさせてもらった好縁墓であるが、ここまで来るのに20年の歳月を要した。思えば、このアイデイアを思いついたのが、「windows95」が発売された1995年である。あの当時、野茂英雄が大リーグに挑戦し、その活躍を日本人は昼間からナイター中継を見ていた。その光景を見ながら、アメリカにいる檀家は、夜にネットを使えば、昼間に日本にあるお墓にお参りできるのではないかと思ったのが始まりである。しかし、当時は静止画像だったので、動画ができるまで、待つことにした。


しかし、墓地だけは準備しておかなければと思い、日蓮聖人「立教開宗750年」(2002年)の記念事業として計画した。好縁墓が完成した時、運よく「windowsXP」が発売され光通信となり、動画配信が可能となる好縁に恵まれ、誕生した。今となっては、すべてが懐かしい思い出である。20年の歴史を一言で表現すれば、詩人坂村真民の「念ずれば花ひらく」である。

 
 

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