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東北の底力

2013年11月28日
読了時間: 2分

11月24日、仙台で楽天の日本一優勝パレードが、日本晴れの下盛大に行われた。21万4000人の人出で、仙台市民5人に1人が参加した計算になる。まさに、野球の底力を証明する、歴史的な一日となった。震災から2年8ヶ月、あの日の光景からは、今回のパレードなど、夢想だにできなかった、感無量である。


そして、翌25日には新アメリカ駐日大使となった、キャロライン・ケネデイ大使が東北の被災地を訪れた。50年前、ケネデイ大統領が暗殺された時、まだあどけなかった5歳の少女が成長し、被災者を慰問し勇気付ける姿を見て、あの時の衝撃を知る者にとっては感慨深いものがある。幼くして父を亡くした新大使、大津波ですべてを失った被災者、この通底する深い悲しみが、今回の訪問へと誘ったのだろう。神仏の粋な計らいに「ありがとう」である。


これら一連の出来事は、震災時東北の人達の冷静で秩序だった行動が、世界の人々に感動と驚きを与えた、ご褒美だったともいえる。先日の、フィリピンの台風30号の被災地の混乱と略奪と比較すれば、いかに日本の民度が高いかを再認識させた。世界の日本に対する評価を高めた功績を、東北の人達は誇ってもよい。日蓮聖人の言葉に「陰徳あれば陽報あり」があるが、東北の人達の陰徳が、この一連の陽報をもたらしたと考えると、うれしい限りである。


今年は、奇しくも伊達政宗がスペインへ支倉常長を大使とした遣欧使節団を派遣してから丁度400年。サン・ファン・バウティスタ号は、慶長13(1613)年石巻市月浦から、政宗の壮大なる夢を乗せて出港した。この計画は、時代を取巻く変化で頓挫したが、時を経て挑戦する魂として蘇り、これからの復興の力になるだろう。「みせましょう」東北の底力を

 
 

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