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能登半島地震から1年

2024年12月30日
読了時間: 2分

令和6年のお正月は、能登半島地震に始まり、正月を祝う気分にはなれなかった。当山では、新春初祈禱会が終わり、皆でお茶を飲んでいた時で、少しは揺れたがこんな大地震だったとは分からなかった。テレビを見て、初めて大きな被害が出ていることを知り、東日本大震災の記憶が蘇ってきた。東日本大震災は、津波による家屋倒壊だったが、能登半島地震は激しい揺れによる家屋倒壊であった。改めて、日本は地震大国であることを、思い知らされたお正月であった。

 今年は、能登半島地震の大災害、8月には「南海トラフ臨時情報」が発表され、対応に戸惑った自治体や企業が多かった。一方、庶民は地震に備えるため米の買いだめに走り、米不足に拍車をかける結果となり、町中から米が消えてしまった。30年前の米不足は、自然現象の冷害によるものだったが、今回は人災で国の情報の出し方に問題がなかったか、検証が必要である。日本に住んでいる限り、地震から逃れることは出来ないので、地震対策は必要だがパニックが起きないような情報発信の仕方に、一工夫が必要である。「南海トラフ地震」がいつ起きるのか、心配の種は尽きない。

 「南海トラフ地震」は、20年前に23万人の死者・行方不明者を出した「スマトラ地震」を超える死者・行方不明者が予想される巨大地震である。「南海トラフ地震」の参考になるのは、1707年の「宝永地震」だろう。この地震は、日本史上最大の大地震と言われ、関東から九州まで地震・津波が広範囲に及んだ、東海・東南海・南海の三連動地震である。その49日後には、富士山の大噴火で未曾有の大災害を引き起こし、江戸にまで火山灰が降りそそいだと言われている。近い将来に、起きるだろうと言われる「南海トラフ地震」は、日本にとって一大事、最大の関心事である。

 能登半島地震から一年、被災地は高齢化・人口減少が進み、半島・軟弱地盤という今までにない難しい地域である。これまで以上の、行政・ボランティアの力が必要で、一日も早い復旧・復興を願っている。

 
 

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