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須江監督

2022年8月31日
読了時間: 2分

8月22日、夏の高校野球甲子園大会で、仙台育英が下関国際を8対1で下し、初優勝を飾った。この優勝は、深紅の優勝旗が初めて「白河の関越え」の歴史的快挙とも重なり、二重の喜びとなった。今まで東北勢は、、第一回大会から108年間で12度決勝に挑戦しその都度跳ね返されたが、その壁を打ち破った仙台育英、そして須江監督に拍手である。これで「100年の呪縛」から解放され、東北のチームによい影響を及ぼすことになるだろう。

 今年の仙台育英の優勝メンバーは、多くの2年生が活躍していたので、来年春、来年夏の大会も期待できるので楽しみである。今大会前は、140キロ越えの投手5人を揃えたチームととして話題性はあったが、優勝候補には上がっていなかった。しかし、閉会式における須江監督の優勝スピーチ、全国に響いた「青春って凄く蜜」を聞いて、優勝の陰には優れた指導者の存在があったのだと、改めて理解した。

 須江監督の座右の銘は、「人生は敗者復活戦」と言っていた。昨年、夏の県予選4回戦で惨敗し甲子園出場を逃したのが、良い薬になったのかも知れない。徳川家康の「勝つことばかり知りて、負けることを知らねば、害その身にいたる」の言葉を思い出した。人生において、時には負けることの大切さを教えてくれる、名言である。甲子園大会優勝は、須江監督にとって、敗者復活戦の集大成だったといえるのではないだろうか。

 今大会、須江監督の率いる仙台育英の戦いぶりは、投打のバランスがよく安心して見られたが、特筆すべき前評判どうりの5人の好投手を揃えたことである。夏の甲子園大会は、地球温暖化の影響もあり酷暑化が進み、複数の好投手を擁しなければ、優勝できない時代の到来を告げている。決勝の下関国際戦は、終盤の攻防に投手力の差が如実に出た試合であった。投手力に余裕のあった仙台育英に、勝利の女神は微笑んだ。

 仙台育英モデルは、これから甲子園を目指すチームの指針となるだろう。そして今回の優勝は、東北の人たちの間で、後々まで語り継がれることだろう。

 
 

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