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4代家綱

2010年5月26日
読了時間: 1分

プロ野球は、交流戦真っ盛りである。チームの成績は、4番打者の出来にかかっている。


 今、徳川幕府の4代将軍家綱時代を描いた、小説「天地明察」が本屋大賞の第1位になっている。家綱は、3代将軍家光の長子で、武断政治から文治政治への大転換を諮り、華やかな元禄文化の基礎を築いた。江戸時代最大のバブル、元禄文化は5代将軍綱吉の時代に花開いたが、家綱は陰の功労者である。彼は綱吉の兄であり、元禄バブルは兄弟の合作といえる。

 家綱政治の原点は、兵学者油比正雪の乱である。家康・秀忠・家光と続く江戸幕府は、厳しく改易を行い、多くの牢人を生み出し、社会問題となっていた。そんな折、家光が死去し、家綱の将軍宣下が行われる少し前の1651年7月23日に、油比正雪の乱は起こった。この事件は、幕府に大きな衝撃を与え、家康以来続く武断政治を見直すきっかけになった。家綱は、変革期の4代目として登場し、社会の安定と繁栄へと導いた。又、現在の檀家制度の基礎も築いた。それは、1665年全国に幕府が命じた、宗門改帳の作成である。1671年には、この年以降毎年宗門改帳の作成を命じ、必ずどこかのお寺の檀家になることが義務付けられた。このようにして、檀家制度の基礎が出来上がった。


 4代家綱は、プロ野球でいえば4番打者、お寺にとって忘れてならない名将軍である。

 
 

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