top of page

大相撲

2007年9月1日
読了時間: 1分

 日本のスポーツは、明治以来「型」にはまった従順な選手を養成する事に、重点をおいてきた。その元型である大相撲に、激震が走っている。横綱朝青龍の仮病疑惑から始まった、一連の騒動である。この問題の発端が、相撲ではなくサッカーであったことが、興味深い。サッカーは、型にはまらない意外性が求められるが、相撲は型が重んじられる。そして、横綱の奉納土俵入が行われるように、日本の民族宗教神道と深く結びついている。プロスポーツでありながら、宗教行事である大相撲、この微妙なバランスを取らなければ、今の大相撲は成り立たない。


 プロスポーツは普通シーズンオフがあるが、生き神様である横綱にシーズンオフはない、滅私奉公・昼夜常精進が求められる。横綱在任中は、この難しい役割を演じ続けなければ、大横綱にはなれない。神事としての大相撲を、モンゴルから来た従順でない朝青龍に理解させるのは至難の技である。それにしても、楽しそうにサッカーを興じている映像は、耐える姿に美しさを感じる日本人には、刺激的であった。



 この騒動が、国際化する大相撲改革のゴールになるか、自滅のオウンゴールのなるか、気がかりである。

 
 

最新記事

すべて表示
豊臣兄弟」3

8月23日、NHK大河ドラマは信長亡き後の後継を争う「賤ケ岳の決闘」が放映された。この戦いで、柴田勝家は秀吉に敗れ自身の居城である北庄城に逃れたが、秀吉軍に包囲され城に火を放ち、妻お市と共に自害して果てた。「賤ケ岳の決闘」での注目の場面は、前田利家が勝家に天下を取るよう懇願したが、聞き入れられなかった。これに失望した利家は、勝家に味方することはなかった。利家と勝家は、越前の一向一揆鎮圧に共に戦った

 
 
豊臣兄弟2

7月26日、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟」は、「天下への道」のテーマで山崎の戦いが放映された。山崎の戦いは、秀吉の備中からの中国大返しで主君信長の弔い合戦に挑み、光秀を打ち破った戦いとして有名である。秀吉は、この戦いで勝利したことが、天下取りの第一歩となった。それにしても、備中高松城から山城国山崎まで230キロを、武具を付けて一週間余りで踏破したのだから、驚異的である。  「天下への道」の中で一つ気

 
 
活動期の地球

6月26日、山梨県富士河口湖町で震度6弱の強い地震があり、富士山との関連が心配される。気象庁は、富士山の火山活動に異常はないと発表したが、1707年に大爆発して以来320年間休止している富士山は、過去およそ5600年間に180回もの噴火を繰り返してきた活火山である。記録に残る一番古い噴火は781年の天応噴火で、平安時代には頻繫に噴火したことが記されている。  2011年の東日本大震災は、869年の

 
 
bottom of page