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  • ohuchi8
  • 2021年4月30日
  • 読了時間: 2分

4月28日は、日蓮聖人が768年前に千葉県の清澄山で旭日に向かって、初めてお題目を唱えた日で、日蓮宗では立教開宗会として祝っている。当山においても、毎年春祭りとして執り行っているが、コロナウイルス感染拡大の影響で昨年に続き、今年も総代・世話人だけの寂しい祭りとなった。来年こそは、コロナ収束を祝う賑やかな春祭りにしたいものである。

宮城県は、3月のお彼岸の頃から感染者が急増し、3月31日にはついに200人を記録し驚かされた。あれから一ヶ月、4月29日現在の総感染者数は8013人、総死者数は66人とこの一ヶ月だけで感染者数は2200人増、死者数は倍増と、春の嵐ではなくコロナの嵐が吹き荒れた。その結果、4月5日には「まんえん防止措置」が適用され、何とか抑え込みに成功し、ようやく落ち着きを取り戻した。

同じように、「まんえん防止措置」が適用された大阪・兵庫は反対に感染拡大が続き、4月25日には「緊急事態宣言」が発出された。なぜ感染拡大が止まらないのか、その要因として変異ウイルスの話がよく出るが、不思議なことに3月一番人の流れを生んだと思われる兵庫県西宮市甲子園球場で開催された、「第93回選抜高校野球大会」に言及されることはない。


テレビのワイドショーで、コメンテーターや医療関係者が一切触れないところを見ると、タブーとなっているのだろう。その代わり、「人流」という言葉が頻繫に使われるようになり、この感染爆発の要因として「変異ウイルス」と「人流」がキーワードになっている。プロ野球やJリーグが無観客試合を要請されているが、この要請の陰には「選抜高校野球大会」の反省があるのだろう。

これから、東京が大阪・兵庫のようになるのか、5月11日に予定通り「緊急事態宣言」が解除されるのか、注目である。この結果によっては、東京オリンピック開催に黄色信号が灯る。ワクチン接種の状況にもよるが、非常に心配である。

  • ohuchi8
  • 2021年3月31日
  • 読了時間: 2分

3月25日、コロナウイルス感染拡大の最中、東京五輪の「聖火リレー」が福島原発事故収束作業の拠点となった、サッカーの聖地「Jヴィレッジ」を出発した。大会理念である復興五輪のスタート地点としては、東日本大震災からの復興を世界へアピールする場所として、ふさわしいと言えるだろう。 「聖火リレー」は、感染防止対策が取られているとはいえ、人出が多く結構密な所が見受けられるので、2週間後が心配である。宮城県が感染爆発で苦しんでいるだけに、二の舞だけは避けてほしいものである。その宮城県は、2月8日に時短営業を解除し、2週間後の2月23日にはGoToイートを再開し、経済優先に舵を切った。その結果、全国一の感染率となり慌てて感染防止策を講じたが、後の祭りである。 なぜ感染爆発が起きたのか、その一番の要因は早すぎるGoToイート再開であると考えている。村井知事のこの発表を聞いた時、時短営業を解除したばかりなのに、またGoToイートでアクセルを踏むのかと、強く違和感を感じたことを覚えている。知事としては、飲食業の窮状を考えての事であったと思うが、卒業式等の行事の多い3月、ましてや全国から多くの人の来訪が予想される震災10年の節目を考えると、時期尚早であったといえる。 宮城県の3月30日現在の感染者数は5838人、死者数は31人と、死亡率は死者0の島根県を除けば全国最低となっている。同じ5000人台の静岡県の死者数が118人、広島県が106人と比較すると圧倒的に少ないのが分かる。なぜこれほど死者数が少ないのか、県の担当者は「明確な理由は分からないが、重症化させない適切な治療が行われている結果ではないか」と言っている。マスコミでは、感染者数と感染率は報道されるが、死者の数は大切と言いながらも、死亡率が報道されることはほとんどない。 宮城県の感染率最高だけではなく、死亡率がなぜ最低なのかを、マスコミにはぜひ解明してもらいたいと思っている。

  • ohuchi8
  • 2021年2月28日
  • 読了時間: 2分

2月16日(日蓮聖人誕生日)、当山ではコロナウイルス感染拡大によって、昨年4月と10月にと予定しながら延期となった、日蓮聖人御降誕八百年を記念して建立された霊鷲門(りょうじゅもん)の落慶法要を執り行った。式典は、まだコロナ禍なので規模を大幅に縮小し、総代・世話人だけの参列で行い、風と雪そして地震を心配しながらも、無事終えることができた。これが、3度目の正直で檀信徒への約束を果たすことができ、安堵している。

今回の落慶式は、コロナで2度の延期と地震の洗礼と、思い出深い式典となった。今年は東日本大震災から10年、落慶式の3日前の13日(日蓮聖人の命日)に震度6強の地震があり、当時の記憶が蘇った。物理学者寺田寅彦の「天災は忘れた頃にやって来る」という名言があるが、今の状況は忘れる前にやって来る異常状態である。

東日本大震災を経験した時、学生時代に読んだ千葉県小湊誕生寺の古文書の疑問が解けた。それは、1703年の元禄関東大地震の記録で「大揺れ三度 一刻で四・五十回の揺れ」と書かれていた。一般的には、地震は一度揺れれば終わりで、一刻二時間程の間に四・五十回とは、何と大げさな記述だと思っていた。しかし、東日本大震災の揺れは、まさにこのような揺れで、事実であることを体験させられた。それは、元禄関東大地震がいかに大きかったかを物語っている。

日本列島は、地震の静穏期から活動期に入ったせいか、日本各地で地震が頻発している。1703年の4年後1707年には、日本の歴史上最大という宝永の大地震が起きている。東海・東南海・南海の3連動地震で、その49日後には富士山が大噴火して江戸まで大きな被害を受けている。

令和の時代、これらの歴史的災害を教訓に、国を挙げて地震・津波対策に取り組まなければならない。そして、個々人も活動期に入ったことをしっかり認識し、「備えあれば患いなし」準備を怠ってはならない。

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