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  • ohuchi8
  • 2015年9月28日
  • 読了時間: 2分

9月19日、世間を散々騒がせ、様々なドラマを生んだ、安保関連法がようやく成立した。そんな中、山本太郎議員の特異なパフォーマンスが、物議をよんだ。そのパフォーマンスとは、採決の折喪服を着用し、数珠を手に持ち、焼香の仕草をしたことである。山本議員は、強行採決への抗議のつもりで、このような行動を取ったのだろうが、こんなパフォーマンスはバツである。本来、焼香とは仏様やご先祖様を敬い、感謝の気持ちを表す所作である。この意味で解釈すれば、このパフォーマンスは安倍首相を敬い、強行採決に感謝するという意味にも取れる。焼香に場違いな議場で焼香とは、物事の本質を知らない、なさけない議員さんである。こんな議員に投票した有権者には、猛省を促したい。

 それともう一つ、興味深いニュースがあった。それは、「高須クリニック」の高須院長が、安保関連法の報道の仕方が、「片方だけの意見を取り上げ、多数派のように伝える、偏った報道姿勢に失望した」と表明し、「報道ステーション」のスポンサーを降板したというニュースである。久米宏の時代から、この報道番組を見てきた視聴者として、高須院長のコメントには共感できる。久米時代の報道姿勢には、余裕というか遊び心があった。古舘一郎に変わってから、遊び心がなくなり、真面目すぎて面白味がなくなった。それは、司会者のキャラクターなのか、報道方針が変わったのか判らないが、料理に例えると、味が濃すぎて素材の本当の味がわからず、ウマミが感じられない料理である。「報道ステーション」も、そんな番組になってしまい、残念である。

 9月は「お彼岸」の月、なぜお彼岸に「お中日」があるのか、よく考えてもらいたい。お中日とは、秋分の日、つまり昼と夜の長さが同じ日に設けられている。それは、仏教が、どちらにも偏らない中道の教えであることを、お彼岸の行事を通じて、私達に教えているのである。

 山本議員には、議場ではなくご先祖様の墓前で、敬いと感謝の気持ちで、お焼香をしてもらいたい。

  • ohuchi8
  • 2015年8月29日
  • 読了時間: 2分

先月、NHKの「ブラタモリ」で、仙台の歴史が2夜連続で、放映された。1回目の放送で、「四谷用水」が紹介され、本国寺の入り口が映っていた。いつも通る場所なので、今まで特別な感覚はなかったが、改めて伊達政宗(1567~1636)の都市作りの偉大さを、再認識させられた。水は、人間にとって必要不可欠なものであり、四谷用水が仙台の血液の役割を果たしたことが、よく理解できた。又、仙台平野の津波との係わりが、集落の作り方の中に表れていて、興味深かった。

 以前、全国を転勤したことのあるお檀家に、「仙台はめずらしい都市ですね」と言われたことがある。一般的に、都市は南の方海の方に発展していくが、仙台は北の方山の方に発展していく珍しい都市といわれたことを思い出した。確かに、政宗の都市作りの真骨頂は、東日本大震災時に示された。それは、百万都市でありながら、沿岸部の中小都市よりも、犠牲者の数が少なかった。もし、仙台が沿岸部に大規模宅地開発をしていたら、とんでもないことになっていた。仙台市民は、政宗の都市設計の慧眼に、感謝しなければならない。

 2回目は、宮城刑務所が紹介され、その歴史と内部が放送されたが、複雑な思いに駆られた。宮城刑務所は、明治12(1879)年政宗が晩年を過ごすために築城された第2の城、若林城の城跡に建設された。城跡に刑務所が作られた例は、全国何処にもないだろう。そして、刑務所敷地内には、見事な銘木である「臥龍梅」や「幡龍の松」があるが、普段市民の目に触れることはない。なにせ刑務所という特殊な場所なので、関係者以外見ることができない。136年も経つのに、こんな異常な状態を続けてよいものだろうかと、疑問が湧いた。

 丁度、20年後は、伊達政宗の四百回忌に当たる。この番組で紹介されたのを機に、宮城刑務所の移転と、銘木をいつでも見られるよう、城跡を庭園にする運動を始めよう。市民が声を上げ、仙台市が動き、20年計画であれば、「伊達政宗四百回忌記念事業」として、実現の可能性は十分あるだろう。

  • ohuchi8
  • 2015年7月31日
  • 読了時間: 2分

7月26日、東北南部の梅雨明けが発表されたが、何とも拍子抜けする発表であった。梅雨入りから1ケ月余り、梅雨らしい日は数えるほどで、よい天気が続いたからだろう。近年、地球温暖化に伴う気候変動の影響もあるのか、「梅雨入り」「梅雨明け」の意味合いが、薄れているように感じる。この慣習も、そろそろ見直しても、よい時期ではないかと、思っている。

上下水道やクーラーや冷蔵庫がなかった時代には、梅雨の時期に生水や腐った食べ物で、食中りで亡くなる人も多く、注意を促す意味で必要性があったのだろうが、今となってはその心配もほとんどなくなった。中国で生まれ、江戸時代に日本に伝わった「梅雨」も、賞味期限切れである。今年の梅雨は、中国から伝わる株式情報の方が、よっぽど鬱陶しい。

中国政府が打ち出す株価対策には、本当に驚かされる。何でも有りの世界である。アダム=スミスの「神の見えざる手」が勝つのか、習近平の「絶対権力」が勝つのか、市場は固唾を呑んで見守っている。共産党が行う資本主義市場経済は、前例がないだけに、これからどうなるのか予測がつかない。

一つだけいえることは、中国共産党を守るためには、「全知全能」を傾けるということである。その「全知全能」が、「全痴全悩」にならないことを祈る。今、話題の爆買いとともに、中国株式市場の梅雨明けなるか、梅雨の家元中国に注目である。 それにしても、中国人の頭脳は「図能明晰」である。日本人には、到底マネができない。中国株式市場は、「上の見える手」習近平に託された。

来月はお盆、この状況に共産主義者のご先祖、マルクスや毛沢東も、さぞビックリしていることだろう。現在の中国が、共産主義が理想とする社会なのか、反省する必要がある。 この異常事態を収拾し、バブル崩壊を防ぐには、株式をすべて国が買い取り、市場を廃止することである。本来の、社会主義計画経済に戻れば、マルクスも毛沢東もきっと喜ぶだろう。

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