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  • ohuchi8
  • 2023年1月31日
  • 読了時間: 2分

昨年12月8日、中国は突然「ゼロコロナ政策」を止めて、国内外の移動自由を解禁した。この政策転換は、11月の「白色デモ」による国民の怒りが、共産党に及ぶことを危惧したためと言われている。この決定は、医学的見地からではなく政治的判断によるもので、政治がすべてに優先する中国らしい政策決定である。重要なのは、共産党体制を守ることで、コロナから国民を守ることよりも大切なのである。この政治体制を最優先する風土は、中国の近代化に失敗した清朝末の混乱に見て取れる。

 中国は、「日清戦争」(1894~95)で日本に惨敗した。その反省から、清朝第11代光緒帝(1871~1908)は、康有為らを登用し急進的な政治改革を目指したが、当時実権を握っていた叔母西太后に阻止され、「戊戌(ぼじゅ)の政変」は失敗に終わり、幽閉され若くして病死した。光緒帝は、日本の明治維新を成功に導いた伊藤博文を顧問に、迎え入れようとしたとも言われている。西太后は、この政治改革が清朝崩壊につながることを、恐れたのである。

 光緒帝の「戊戌の政変」は失敗に終わったが、その後の「義和団の乱」(1900)の敗北を経て、西太后はようやく政治改革を容認するようになった。近代化の最大の障害であった、隋の時代から1300年続く「科挙」を1905年に廃止した。そして、海外留学の学歴が「科挙」と同等に認められるようになり、多くの若者が海外留学するようになった。その中でも、明治維新によって近代化に成功した日本留学が圧倒的に多く、孫文をはじめ多くの革命家が日本から育ち、「辛亥革命」(1911)を起こし清朝を倒し中華民国を樹立した。

  今日、中国は鄧小平の「改革開放」によって、世界第2位の経済大国となった。しかし、習近平はこの経済優先の政策を、共産党一党独裁を守るために政治優先に舵を切っている。政治ファーストが、どんな結果をもたらすのか非常に興味がある。21世紀の西太后にならないことを祈る。

  • ohuchi8
  • 2022年12月31日
  • 読了時間: 2分

12月28日、安倍元総理の銃撃事件から半年、父晋太郎から続く地元下関市の選挙事務所は、昭恵夫人によって看板が外され、閉鎖された。7月8日、選挙応援演説中に凶弾に倒れたあの場面は、平和ボケした日本を象徴しているようで、警備態勢の甘さが浮き彫りになった。プーチン大統領が始めたウクライナ侵略戦争は泥沼化し、先が見えない中、親交があった安倍元総理を失ったことは、日本外交にとって痛手であった。

 この銃撃事件は、容疑者が旧統一教会の信者二世であったことから、政治家と旧統一教会の闇の部分が明白となり、国民の批判に晒されることとなった。国会では、連日旧統一教会関連の法案が審議され、来年には宗教法人解散が現実的のものとなりそうである。そして、旧統一教会の無理な献金によって家庭が崩壊させられ、困窮を極めた教会二世問題もクローズアップされ、その異常さが白日の下に晒されることとなった。

  このような危ない教団に勧誘された時の対処方法は、野球にヒントがある。ピッチャーが打者に対して、これは打たれそうだと思った時に「敬遠」(敬って遠ざける)するが、これは元々『論語』に出てくる言葉である。孔子が弟子から「鬼神に出会った時にどうすればよいか」と問われた時の答えが「敬遠」である。この宗教は危ないと思ったら、ピッチャーのように「敬遠」するのが、最善の対処方法である。

 旧統一教会のがよく使う呪いの言葉に、「地獄に落ちる」「サタンが付いている」がある。このような言葉を他人にかければ、「人を呪わば穴二つ」の諺があるように、自分に跳ね返ってくる。法華経「観音経」に「念彼観音力」「還著於本人」「ねんぴかんのんりき げんぢやくおほんにん)の経文がある。この意味は、「観音の力を念ずれば 還って呪いの言葉を言った本人に著く」、つまり呪った本人が墓穴を掘ることになるとの教えである。

 軽々に呪いに言葉を使えば、身を滅ぼすことになることを、忘れてはならない。

  • ohuchi8
  • 2022年11月30日
  • 読了時間: 2分

11月20日、日韓大会から20年、第22回ワールドカップがイスラム中東の国カタールで始まった。ワールドカップは、通常夏開催であるが暑すぎるということで、異例の冬大会となった。カタールは、秋田県ほどの面積で人口270万の小国で、開催は難しいと思われていたが、12年前2010年のFIFA理事会で、最有力のアメリカを破って開催地となった。この経緯は謎であるが、大会終了後に東京五輪のような不正がなかったのか、検証が必要である。そして、この大会のために多くの外国人労働者が亡くなったことも、忘れてはならない。

 11月23日、日本は初戦ドイツとの戦いに2-1で勝利し、日本中が歓喜に包まれた。この試合は、森保監督の采配がズバリ的中し、戦前の予想を覆す番狂わせで、世界中を驚かせた。27日のコスタリカ戦も、その勢いで行けると思ったが、「柳の下にいつも泥鰌は居ない」の格言のとうり0-1敗れ、日本中を落胆させた。ドイツ戦が最高の逆転勝利だっただけに、コスタリカ戦の敗戦はワールドカップの厳しさを、思い知らされる結果となった。  

 11月28日のスペイン対ドイツが引き分けに終わったので、E組4チームにGL突破の可能性が残され、ややこしいことになってしまった。日本は12月2日のスペイン戦に勝利すれば、文句なしにGL突破できるが、敗れれば即敗退となる。しかし、引き分ければ首の皮一枚で可能性が残り、やきもきさせられることになる。スペイン戦は、同時刻に行われるドイツ対コスタリカの試合を横目で見ながらの、難しい戦いとなる。4チームにとって、GL突破と敗退をかけた大一番となる。結果は、神のみぞ知るである。

 今回のワールドカップは、思わぬ所に飛び火した。それは、中国人民対習近平の「ゼロコロナ政策」を巡る戦いである。中国人民は、マスクを付けず熱狂し大声で応援する各国のサポーターの映像に触発され、これまでの「ゼロコロナ政策」に反対するデモを全土で繰り広げた。中国のテレビ局は、その影響を考え、観客席の映像を流さない対策をとった。ワールドカップは、「かごの鳥」状態で厳しい行動制限を余儀なくされ、国内に閉じ込められた人民ののフラストレーションに火を付けた。中国政府が、なぜこれほどまでに実現不可能な「ゼロコロナ政策」にこだわるのか、不思議でならない。

 改めて、ワールドカップの影響力の大きさを認識させる出来事であった。

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