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  • ohuchi8
  • 2020年10月31日
  • 読了時間: 2分

10月26日、菅新総理が就任してから1ケ月余り、初めて所信表明演説を衆議院本会議で行った。華やかな外交を繰り広げた安倍前総理とは違い、地味ではあるが内政に重点を置く「国民のために働く内閣」を強調した。その中で注目したのが「温室効果ガス2050年ゼロ宣言」であった。2050年に、国内の温室効果ガス排出ゼロにするという、画期的宣言である。

温室効果ガスとは、二酸化炭素・フロンガス・メタンガス等であるが、それを削減するのに何が一番効果的なのかといえば、それは人間の数を減らすことである。なぜなら、人間の営みが地球温暖化の原因であることは、論を待たない。人間のあくなき欲望が地球温暖化を招き、今日の深刻な大気汚染や巨大化する台風や頻発する森林火災等、人類に多大な脅威を与えている。

日本の「温室効果ガス2050年ゼロ宣言」が可能かといえば、難しい問題もあるが有利な点もある。それは、これから30年の急激な人口減少社会の到来である。2050年には、日本の人口は現在の1憶2千6百万人から9千5百万人まで、3100万人減少するとの予測である。これは、昭和35年の高度経済成長が始まる頃の人口である。当時、日本の人口が1億人を突破すれば、この狭い国土で養っていくるのかと、真剣に心配されていた。今では信じられないだろうが、本当にあった話である。

今日、日本では急激な人口減少による様々な問題が、論じられている。確かに、経済成長にとってはマイナスかもしれないが、環境面から見ればプラスである。戦後、日本歴史上最高のベビーブームといわれ、250万人以上の子供が生まれた団塊の世代(昭和22~24年)を中心とした人口爆発は、高度経済成長に結果的に大いに寄与した。同様に、これからの急激な人口減少も「温室効果ガス2050年ゼロ宣言」に、大いに寄与すると考えている。

日本の未来を予想する時、環境問題をネガティブではなくポジティブに考えることが大切である。

  • ohuchi8
  • 2020年9月30日
  • 読了時間: 2分

9月29日、当山が予定していた、お会式と山門落慶式の中止決定を知らせるハガキを郵送した。4月に国の非常事態宣言を受け、春祭りと山門落慶式を中止にしたが、今回は、宮城県の感染拡大の影響を考え中止にした。秋になれば少しは収束すると考えていたが、コロナウイルスに対する認識が甘かったことを、反省している。世の中には、様々な見込み違いが起きるが、コロナウイルスに対する予測もその内の一つである。

今、世界を見渡せば感染者が蔓延し、アメリカでは感染者が200万人を超え、死者も20万人に達し世界一となっている。この現状にトランプ大統領は、「中国ウイルス」と呼び中国を激しく非難しているが、後の祭りである。最初は、中国由来のコロナウイルスを甘く見ていたトランプ大統領も、まさかこんなことになるとは思いもよらなかっただろう。今回は「中国ウイルス」にやられたが、アメリカは過去にも中国に対する見込み違いを犯している。

それは、1972年のニクソン大統領の初めての中国訪問に始まる。当時中国は、人口13億人の貧しい国であったが、その巨大市場は魅力的であった。中国が豊かになり市場が大きく育てば、アメリカに莫大な利益をもたらし、共産党独裁の国から民主的な国家になるだろうとの、期待があった。しかしながら、この期待は裏切られ、今ではアメリカと覇権を争う超大国となり、共産党独裁はよりひどくなってしまった。アメリカは大変な見込み違いをしてしまった。

これと同じような過ちをしたのが日本である。韓国を豊かにすれば大人の国になり、反日も収まるだろうと考え、様々な支援を行ってきたが、結果は裏目に出た。自信をつけた韓国は、慰安婦や徴用工問題で日韓合意を否定すようになり、より反日的な国家になってしまった。朝鮮のことわざ「受けた恩は水に流せ 受けた恨みは石に刻め」の如く、ことわざ通りになってしまった。

日米両国は、同じ間違いを犯したが、これからどのような対韓政策・対中政策を行うのか興味深い。見込み違いの代償は大きかった。

  • ohuchi8
  • 2020年8月31日
  • 読了時間: 2分

8月28日、安倍総理は首相官邸で記者会見し、突然辞意を表明した。その理由として、持病が悪化し職務を遂行することが、困難となったことを挙げた。13年前にも同じ理由で退陣し、政権を投げ出したと批判されたが、5年後には再度総理に返り咲いた。平時に2度も総理に就任出来た幸運は、本人の努力もあるのだろうが、ご先祖様のお蔭と感謝しなければならない。安倍総理を一言でいえば、「余慶の功徳」の「申し子」と言えるだろう。

「余慶の功徳」(ご先祖の残した功績が、子孫に功徳として回ってくる)という言葉は、今では死語となり、使われなくなってしまった。しかし、政界や芸能界を見れば、「余慶の功徳」によって政治家や芸能人になった二世三世で大賑わいで、死後が蘇る不思議な現象である。安倍総理の父方の祖父は、反骨の政治家安倍寛、母方の祖父は元総理の岸信介である。そして、父は元外務大臣の安倍晋太郎という政界のサラブレッドである。名もなき家系の人間が、平時に総理大臣に返り咲くのは、ほぼ不可能である。

安倍総理の二度の辞任の仕方は、桜の散り方に似ている。中国人は、大輪の花が咲き華やかな牡丹が好きで、花が小さくすぐに散ってしまう桜が好きな日本人を、昔はバカにしていた。そんな日本人は、安倍総理の散り方は嫌いではない。外国の権力者のように、権謀術数を尽くして、権力の延命を謀るやり方は好きではない。桜は、日本の国民性を良くも悪くも象徴する花である。

安倍総理の辞任劇は、断腸の思いが込められ、無念さがにじみ出たものであった。来月の総裁選挙で菅官房長官が総理になり、11月の大統領選挙でトランプ大統領が再選され、安倍総理の体調が回復すれば、まだ65歳なので将来三度目の復権があるかも知れない。それには、未曾有の国難襲来という時代条件が付くが、「二度あることは三度ある」「一寸先は闇」である。

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