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  • ohuchi8
  • 2017年10月2日
  • 読了時間: 2分

9月28日、安倍総理は戦後4回目の、衆議院冒頭解散を行った。今回の総選挙の主役は、新党「希望の党」を立ち上げた、小池東京都知事である。政権選択選挙と言われるが、どうも民進党議員の進路選択選挙のようである。左に行くのか、右に行くのか、難しい判断が求められ、公示日まで眠れぬ日々が続く議員もいるようである。

このような結果を招いたのは、国会で議論しなければならない北朝鮮問題を、安倍政権に丸投げし、モリ・カケ蕎麦屋談議に固執した   民進党に原因がある。日本の危機管理の在り方を議論すれば、党内抗争が起き左右に分裂の危機に瀕するテーマだったので、なるべく論戦を避けたかったのだろう。延びた蕎麦は誰も食べないように、国難の時、安全保障を先延ばしした付けが回ってきた。その結果が、民進党消滅である。

小池新党は、右派にとっては渡りに船、左派にとってはいばらの道である。10月22日どんな民意が示されるのか、日本にとって運命の日である。もし、小池新党が勝利し、政権交代が起きると、一つ心配なことがある。それは、政権交代が起きると、大震災がやってくることである。1995年の阪神大震災は社会党の村山総理、2011年の東日本大震災は民主党の菅総理と、なぜか政権交代が起きると大震災がやってくる。2度あることは3度とよくいうが、小池総理が誕生すれば、2020年の東京オリンピックが心配である。

東日本大震災は、貞観地震以来1142年ぶりといわれ、その地震を記録した「日本三大実録」によれば、863年-新潟で大地震、868年-兵庫で大地震、869年-貞観地震、878年-関東で大地震、887年-関西で大地震と、貞観地震の9年後に関東で大地震とある。この地震時系列が、偶然なのかそれとも警鐘なのか、総選挙の結果と共に気にかかる。

政権交代が大地震を誘発するのか、大地震襲来が政権交代を誘発するのか、この因果関係には大変興味がある。10月22日の総選挙の結果に注目である。

  • ohuchi8
  • 2017年8月31日
  • 読了時間: 2分

8月28日、仙台管区気象台は、仙台の連続降雨が36日となり、昭和9年(1934)の35日を抜き、83年ぶりに観測史上1位を記録したと発表した。今年の東北の夏は、「梅雨入り」後に晴れ「梅雨明け」後に雨と、あべこべな天気予報であった。私は前々から東北に「梅雨入り」「梅雨明け」の発表は必要ないと思っていたので、今年の予報を見ているとやっぱりと思ってしまう。

そもそも、梅雨は江戸時代に中国から伝わったもので、梅の実が熟する頃の長雨を意味し、田植えに適した気候から「入梅」として、暦の雑節に取り入れられるようになった。今年の暦では6月11日、来年の暦でも6月11日である。このように、入梅は田植え期を決める重要な情報となり、農民にとって必要欠くべからざるものになったのである。

江戸時代の天文学者、西川如見(1648~1724)は『百姓嚢』の中で、旧暦での入梅が実際の入梅と合致しないことを指摘し、「農民たるもの暦に頼りすぎて、田植え期を逸することのないように」と注意を喚起している。昔も今と同じように、入梅を決めるのに苦労していたことがわかり、先人の苦労が偲ばれる。米が社会経済の中心を担っていた時代、どれほど入梅の情報が重要だったかが分かる話である。

今では、毎年恒例になっている「梅雨入り」「梅雨明け」の発表は、観光が主要産業ととなる時代、東北にとっては迷惑な話で、何とかしたいものである。北海道は、「梅雨のない北海道」のキャッチフレーズで、全国から大勢の観光客が訪れるが、東北は素通りされている。なぜ、北海道に梅雨がないのかといえば、稲作が行われていなったので、「梅雨の情報が必要ない」というのが、正確な言い方である。東北も、5月の雪解け水で田植えをするので、本来「梅雨の情報が必要ない」地域なのである。入梅の情報が必要だったのは、梅雨の雨を当てにし、6月に田植えをする関東以西の地域であり、東北には必要ないものだった。

入梅は、田植え期を決める大切な情報として、江戸時代に初めて暦に取り入れられたことを忘れてはならない。そして、いかに東北の観光にとってマイナスなっているか、北海道新幹線が開業した今、よくよく考えなければならない。

  • ohuchi8
  • 2017年7月31日
  • 読了時間: 2分

7月24日、宮城刑務所を生粋の仙台人でありながら、初めて見学する機会を得た。写真でしか見たことのない名木、臥龍梅(樹齢450年)蟠龍の松(樹齢380年)を身近に見ることができ感動した。2本の名木はよく手入れされていたが、場所が刑務所内ということもあり、気軽にいつでも見学できないのは非常に残念である。それにしても、刑務所内にこんな名木があるのは不思議だが、敷地が城跡だったと言われれば納得できるだろう。

宮城刑務所は、明治12(1879)年に伊達政宗公の第2の居城若林城址に開設された。爾来140年、受刑者と同じように塀の中で、人目に触れることなく、ひっそりと時を刻んできた。多くの人に知られることもなく、このまま歴史に埋もれさせるには、あまりに惜しい仙台の財産である。インバウンド効果が注目される時代、何とか仙台の名所旧跡を巡る市内観光バス、「るーぷる仙台」のコースに入れたいものである。塀の中のままでは、名木も謎木で終わってしまう。名木は多くの人に見られることによって、名実とも名木となる。仙台は、観光名所が少ないとよく言われるが、若林城と臥龍梅(がりょうばい)蟠龍の松(はんりょうのまつ)の存在を忘れてはならない。そして、この歴史的財産を多くの人訪れ賑わう、観光名所にしなければならない。

宮城刑務所の近くには、楽天イーグルスで大いに賑わっている宮城球場、現在はコボパーク宮城がある。楽天の本拠地となる14年前までの宮城球場は、しがない古びた一地方球場にすぎなかった。それが、楽天のおかげで球場だけでなく、仙台駅東口全体の発展に大いに寄与している。一民間企業でこれだけの事ができるのであれば、百万都市仙台が本腰を入れれば、若林城を中心に賑わいを創出できるはずである。郡新仙台市長には、宮城刑務所をどうするのか、市民の意見を聞きながら、将来ビジョンを示してもらいたいと思っている。

今年3月31日、法隆寺の近くにある日本で一番古い奈良刑務所が閉鎖され、ホテルの生まれ変わることになった事例も参考になるだろう。

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