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  • ohuchi8
  • 2011年8月30日
  • 読了時間: 2分

8月30日、ドジョウが好きな、54歳の野田新首相が誕生した。日本に溜まった泥を吐き出す事ができるのか、ド魂ジョウが試される。


 財政赤字が膨らみ、首が回らなくなった日本に、地震・津波・原発と新たな災難が降りかかった。まさに、弱り目に祟り目である。このような社会状況は、日本史上最強といわれた宝永地震(1707年)の前後に、よく似ている。宝永地震の4年前、大正関東地震(1923年)より大きな元禄関東地震(1703年)が関東を襲い、その復興で徳川幕府は、多大な借金を抱え込んだ。その復興が終わらないうちに、今度は宝永地震に見舞われ、地震・津波・富士山大爆発の三重苦を背負い込んだ。

 この二つの大地震は、5代将軍綱吉の晩年に止めを刺した。その後を継いだ6代将軍家宣は、最高齢の48歳で将軍になり51歳で没し、治世3年であった。その後を継いだ7代将軍家継は、最年少4歳で将軍になり8歳で没し、治世4年であった。その頃の流行語に「親苦労する その子楽する 孫乞食する」とうたわれたが、ある意味今の世相心情と共通する所がある。

 この国は、これからどうなるのか、先の見えない不安が、暴れん坊大増税8代将軍吉宗を誕生させたのである。時代が強い将軍を求めていたのである。野田新首相が、ド魂ジョウを発揮し今吉宗になるのか、次の首相に持ち越されるのか、興味深い。


 日蓮聖人は「日蓮は智のかしこきにはあらず 時のしからしむのみ」と述べている。時が、誰にその役割を託するのか注目しよう。

  • ohuchi8
  • 2011年7月26日
  • 読了時間: 2分

7月18日は、早朝からなでしこジャパンの決勝戦をテレビ観戦した。


 今まで一度も勝っていないアメリカとの戦いは、PK戦までもつれ込む厳しい戦いであったが、勝利の女神は日本に微笑んだ。3月11日の大震災で傷ついた日本に、神仏が味方しているようで、神懸り的であった。「勝負は時の運」といわれるが、運も味方していた。

 また、この決勝戦は、日露戦争の日本海海戦(1905年)を想起させた。20世紀、海軍の日本男子が世界を驚かせ感動と勇気を与えたように、21世紀、なでしこの日本女子が世界を驚かせ感動と勇気を与えてくれた。たかがサッカーされどサッカー歴史的快挙であり、国民栄誉賞の価値は十分にある。サッカーは、世界で一番人気のあるスポーツであり、世界的影響力も大きい。そのワールドカップで優勝した、それも女子で成し遂げた事に意義がある。

 「妙とは蘇生の義也 蘇生と申すはよみがえる義也」とは日蓮聖人の言葉である。「妙」は女偏に少ないと書くが、21人のなでしこジャパンはまさしく妙なる存在であった。失われた20年を経験し、大震災でどん底を味わった日本に、なでしこ達はエネルギーを注入した。チャンスは待っていただけではやって来ない、日々努力精進したと所にやって来る。これから10年、神仏のご加護を信じ、日本の底力を信じ、復興に頑張らなければならない。そうすれば必ずよみがえる事ができると確信している。


 今回の優勝は、日本に東北に感動と勇気そして希望を与えてくれた。

  • ohuchi8
  • 2011年6月27日
  • 読了時間: 2分

6月18日は、震災で亡くなられた方々の百ケ日忌、別名卒哭忌(そっこくき)泣く事を卒業するという意味であるが、まだ悲しみは癒えない。


 それに追い討ちをかけているのが、福島原発の放射能汚染である。福島県は、福井県と並び原発が集中立地する原発銀座である。その危険性はかねてより指摘されてきたが、何の根拠もない原発安全神話が罷り通ってきた。ついに、地震津波を過小評価してきた付けが回ってきた。国・東京電力は、自然に対する畏敬の念を忘れ、自分達の都合のいいように評価してきた。今回の事故は、科学に対する過信が招いた人災であり、想定外の一言で片付けてはならない。

 東京電力第一原子力発電所を作ったのは、福島県梁川町(現伊達市)出身の木川田一隆である。当時、木川田は東電の社長で最高責任者であった。福島のチベットといわれ、不毛の地であった浜通りに原発を作り、豊かな地域にしようとした。この40年間、確かに原発は浜通りに豊かさをもたらした。しかし、今回の原発事故でその繁栄も一瞬にして吹き飛んでしまった。ハイリスク・ハイリターンとはいうが、その代償は余りに大きかった。改めて、日本人に原発事故の恐ろしさを知らしめ、安全神話の虚しさを教えた。木川田が目指した企業と社会の調和を説く「新自由主義」、そこに欠落していた自然の驚異にしてやられた。西欧近代が創り上げた巨大技術、便利さ快適さを追求してきた戦後日本人の生活スタイル、今その見直しが求められている。自然エネルギーに転換するにしても、電力問題の抜本的解決にはならない。原発・自然エネルギー、どちらをとってもリスクは存在する。


 福島原発が未来の扉となるのか、単なる墓標になってしまうのか、日本人ひとり一人に問われている。その答えを見つけ出す、困難な道がこれから待っている。

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