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  • ohuchi8
  • 2010年11月26日
  • 読了時間: 2分

11月23日、北朝鮮が韓国延坪島を砲撃し、多くの死傷者を出した。


 今回の特徴は、軍人同士ではなく一般民間人を巻き込んだ、無差別攻撃にある。社会主義を標榜しながら、三世代世襲を目指す、金王朝の行方が心配である。

 今年は、朝鮮戦争(1950年)から60年、還暦を迎えた。還暦とは、生まれた年の干支に還ることから、本卦還りというが、朝鮮半島の本卦還りが始まるのか、予断を許さない。北朝鮮外交は、瀬戸際外交といわれるが、強気一辺倒の外交姿勢である。宗教的にいえば「不惜身命」、命懸け外交である。しかし、これには問題がある。「不惜身命」が、個々人の信仰問題であれば良いが、全体主義国家では、国民全体に強制される。これで失敗したのが、戦前の日本である。国民は塗炭の苦しみを味わった。

 今、よく使われる言葉「合成の誤謬」である。合成の誤謬とは、個々人にとって良いことも、全員が同じことをすると悪い結果をもたらすことをいう。北朝鮮は、この陥穽に陥っている。「不惜身命」の政治が、国民を苦しめながらも、最悪の結果にならず、何とか持ちこたえているのは、中国の存在である。中国は、朝鮮戦争の時、100万の軍隊で支援し、強い絆で結ばれている。これからの、中国の出方に注目が集まる。


 北朝鮮が、改革開放に向かうのか、本卦還りが起きるのか、歴史の大きな節目を迎えている。今、一番悩ましいのは中国である。

  • ohuchi8
  • 2010年10月27日
  • 読了時間: 2分

9月7日、尖閣諸島で日本の巡視船と中国漁船が衝突し、日中間に領有権をめぐり争いが生じた。


 中国は1970年以来、尖閣諸島の領有権を主張し、日本は黙殺してきたが、今回の出来事は領土拡張を目指す中国の野望を、白日の下に晒した。菅政権の事件処理は、日本外交の歴史的大失態と批判されているが、しかし、歴史を顧みれば、これ以上の危機を日本人は経験している。それは、ちょうど日蓮聖人が活躍した13世紀の鎌倉時代である。

 日蓮聖人は、1260年『立正安国論』を著し、時の権力者北条時頼に上申した。その中の予言「他国侵逼難」(たこくしんぴつのなん)が、後年現実のものとなった。それが、文永の役(1274年)・弘安の役(1281年)である。大帝国、元を建国したフビライ=ハンが、10万の軍勢を率いて、九州に攻めてきたのである。

 この2度の戦争は、当時の日本人にとって想像を絶する国難であり、国存亡の危機であった。しかし、鎌倉武士達が勇猛果敢に戦い、陸地に陣地を築かせず、船に追い返した。これに、暴風雨という幸運が重なり、蒙古軍は海の藻屑となり、日本は守られた。この出来事が、神風・神国思想を醸成する原因となり、先の太平洋戦争を引き起こす一因となった。


 蒙古襲来は、700年前の出来事であるが、今の日本人は、この史実の教訓をしっかり学び、ご先祖の思いを受け継がなければならない。

  • ohuchi8
  • 2010年9月27日
  • 読了時間: 2分

9月14日、民主党の代表選挙が行われ、菅直人首相が政治と金の問題で追求され続けた小沢一郎元幹事長を破り、再選された。


 この一連のマスコミ報道を見ながら、18世紀後半に活躍した政治家、田沼意次・松平定信を思い起こした。田沼意次はワイロ政治家の権化といわれ、歴史上道鏡・足利尊氏と並び、3悪人と称されてきた。しかし、近年意次は改革派として評価が上がり、反対に定信は国益を損じた保守派として評価が下がっている。

 狂歌に『白河の 水の清きに 住みかねて 元の濁りの 田沼恋しき」と歌われているが、白河とは定信が白河藩主だったことによる。田沼・松平時代、世界ではイギリスの産業革命、アメリカの独立、フランス革命、と歴史が大きく動いていた。大西洋を挟んで、資本主義が台頭し、革命が起こり、国民国家が誕生した。しかし、日本では外国との交易を推進しようとした意次が失脚し、鎖国に邁進した定信の治世となり、世界の潮流に乗り遅れてしまった。田沼時代がもう少し続いていれば、開国が早まり、今もてはやされている坂元竜馬の出番は、無かったのかも知れない。こんな視点で歴史を見ると、興味深い。

 政治の第一義に、クリーンさを求めるのか、国益を求めるのか、これが問題である。


 これから始まる、国益をかけた日中関係は、13世紀に2度の蒙古襲来を他国侵逼難と予言し適中させた、日蓮聖人時代の再来である。日本人の気概が問われている。

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