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  • ohuchi8
  • 2015年12月29日
  • 読了時間: 2分

12月28日、日韓外相会談がソウルで開催され、「慰安婦問題」に対する最終合意がなされた。今年は、戦後70年・日韓国交正常化50周年の節目の年に決着をみたのは、大変喜ばしいが一抹の不安も残る。この会談の合意で一番評価される点は、「この問題が最終的、不可逆的に解決する」と述べたことにある。ようするに「慰安婦問題」は、今後蒸し返さないという合意を取り付けた点にある。


 そもそも「従軍慰安婦」という言葉は、戦時中使われたことはなく、1970年代以降に造語されたものである。戦時中存在したのは、従軍僧・従軍記者・従軍看護婦等で、「慰安婦」に「従軍」は付いていなかった。もともと従軍とは、軍属という正式な身分を示す言葉であり、慰安婦に付ける言葉ではなかった。しかし、日本のマスコミガ1990年代以降「従軍慰安婦」と表記しはじめ、この問題をややこしくしてしまった。その反省があるのか、今ではこの表記は使われなくなった。


 日韓関係を「慰安婦問題」でここまで悪化させた張本人は吉田清治であり、吉田を持ち上げた朝日新聞である。昭和58年に出版された吉田清治著『私の戦争犯罪』を、今ネットで買おうとすると、定価1467円の単行本が2万円以上もする。昨年、朝日新聞がこの本の内容が、「虚偽と判断し記事を取り消す」と謝罪したことが、多くの読者の興味をさそっているのだろう。それにしてもこの単行本が、2万円以上するとは驚きである。この評価額が、吉田清治の日韓関係に与えた影響の大きさを示している。


 この影響は、海を越えて韓国の反日団体を刺激し、「韓国挺身隊問題対策協議会」略称「挺対協」なるモンスターを生み出した。韓国政府が、この団体を説得できるかが今会談の成否を決める重要な要素だが、かなりハードルは高いだろう。朝鮮半島には、「先祖崇拝をしすぎて国が滅んだ」という諺があるが、今度は「虚偽の歴史にこだわりすぎて国が滅んだ」といわれることがないように願いたいものである。


 今回の合意が「絵に描いた餅」に終わらないことを祈るのみである。

  • ohuchi8
  • 2015年11月29日
  • 読了時間: 2分

11月19日、野球プレミアム12の準決勝が東京ドームで行われ、日本は韓国に敗れ、惜しくも決勝進出を逃した。8回まで3-0で勝っていたが、9回に4点を取られ3-4の、まさかの逆転負けであった。勝負はゲタを履くまで分からないと言われるが、7回まで先発大谷は完璧な投球をしていただけに、何とも悔やまれる敗戦であった。それまでの投球数が85球と、まだ投げられる球数だっただけに尚更である。

 準決勝の敗因は、試合の流れを読めない、小久保監督の経験不足である。7回のチャンスを逃し、いやな流れのの中で、韓国が手も足も出なかった大谷を、降板させてしまった。8回は則本への継投、そして回をまたいでの続投であった。則本は7試合で4試合目の登板で、小久保監督の信頼が厚かったのだろうが、抑えは初めてだったので心配しながら見ていた。悪い予感は当たるもので、先頭打者から3連打を浴びてしまった。則本は、シーズン中から打たれ始めると止まらない、悪いクセがあった。則本への信頼がアダとなり、その後の継投も後手後手となって、相手に流れを渡してしまった。

 短期決戦は、いくら実力のある選手でも、調子が悪ければ、使わないことが大切である。1年間の長丁場のリーグ戦であれば待っていられるが、短期決戦では調子が出る前に終わってしまう。その典型は、松田を使い続けたことである。来シーズン大リーグに行くために、今大会でよい所を見せようという気持ちが強すぎ、大振りでボール球に手を出し三振という場面が多かった。セリーグ首位打者の川端を、もう少し使って欲しかった。

 9回の攻防は、監督の経験の差が出てしまった。一人一殺の投手交代で、修羅場を乗切った韓国の監督の老練さ、それに引き換え、修羅場での小久保監督の未熟さを露呈した、野球プレミアム12の準決勝であった。

  • ohuchi8
  • 2015年10月30日
  • 読了時間: 2分

10月29日、中国が「一人っ子政策」の完全撤廃を、発表した。本格的な、人口減少・少子高齢化社会の到来に備え、政策転換である。人口減少・少子高齢化社会の悪影響は、この世だけでなく、あの世にも及んでいる。

先日、仙台市民墓地である、北山霊園・葛岡墓園2ヶ所の、返還墓所再貸出しの抽選会が行われた。ようするに、無縁墓が増えたので、そこを整理して新たな使用者を、募集したのである。これは、この頃よくニュースになっている、空家問題と同じで、人口減少・少子高齢化がもたらした、負の遺産である。まさに、この世とあの世はうつし鏡で、これからますます深刻化する。それは、お寺や霊園事業者にとって、経済的基盤をゆるがす一大事である。

この問題を解決するには、出生率を上げるのが、一番の解決策であるが、これを実現するには、長い年月をようする。しからば、この解決策がないのかといえば、それはある。今までの、お墓の使い方を、変えることである。現在の一般的な永代使用ではなく、一代使用に変え、家のお墓から個人のお墓に、変えることである。近代化の流れは、テレビであれ自動車であれ電話であれ、一家に一台から一人に一台へと変化してきた。お墓も一家に一基から一人に一基になれば、お墓の数は増える。そして、墓地の永代使用の長期から、一代使用の短期になれば、回転率も高まり、安く墓地を提供できるようになる。

現代のサラリーマン社会では、家を守ったからといって、職が守れるわけではない。昔の農業・家業中心の社会では、家を守ることは職を守ることに繋がり、お墓を守る価値があった。サラリーマン中心の社会となった今、そんなメリットもないので、お墓に対する愛着が希薄になるのも、仕方がないのかも知れない。

「寺院消滅」という本が売れるご時世、お墓の世界にも人口減少・少子高齢化の波が、ひしひしと押し寄せている。お寺もこの波に飲み込まれぬよう、一層の努力が求められる。

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