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  • ohuchi8
  • 2013年5月30日
  • 読了時間: 2分

5月28日発行の『ニューズウイーク』は、「韓国の自滅外交」という刺激的なタイトルである。歴史問題を口実に、日本外しの外交を目論む韓国の意図が記されている。常々気になっていた事であるが、歴史にこだわり過ぎれば、日韓関係はなかなか前進しない。歴史認識は、それぞれの国によって違うのは当たり前であり、韓国の言う正しい歴史認識が、日本の歴史認識とイコールになることはない。歴史認識は、絶対化するものではなく、相対化しなければ解決しない問題である。不毛の議論になるだけである。


朝鮮半島には、「先祖崇拝をし過ぎて国が滅んだ」という諺がある。それは、先祖を絶対化し過ぎた結果である。その内容は、五代前から百年以上も前に亡くなった先祖の命日に、日本の法事に当たる祭祀(チェサ)を長男が執り行う習慣である。これでは、毎月誰かの祭祀を行わなければならず、人・物・金・時間が先祖のために費やされ、これが多大な負担となり、豊かになれなかった事を風刺している。そんな朝鮮半島の姿を見て、日本は先祖供養に期限をもうけた。先祖の法事は、第三十三回忌をもって弔い挙げ・弔い修めとした。先祖を敬う事は大切であるが、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」で、何事もやり過ぎればよくないという教訓である。この教訓のように、韓国が歴史にこだわり過ぎれば、先祖崇拝と同じ結果になるのではないかと危惧している。


韓国は、基本的に儒教の国、尚古主義なのだが、仏教の中道主義と取り入れれば、日韓関係も少しは良くなるのではないかと思っている。何事も極端になる傾向があるので、これからの韓国外交に注目である。

  • ohuchi8
  • 2013年4月30日
  • 読了時間: 2分

4月28日、1952年のサンフランシスコ講和条約発効から61年を迎え、政府主催の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」が、賛否両論ある中開催されたが、当山では多くの檀信徒参加して、毎年恒例の立教開宗会を執り行った。立教改開宗会とは、日蓮聖人が1253年4月28日千葉県房総半島の清澄山において、旭日を拝しお題目を十唱したことを記念する式典である。


あれから761年、当時の日本の置かれた状況は、中国の脅威にさらされてている、今の日本に似ている。中国はモンゴル帝国に侵略され、その影響が日本にも及び始めた。その後、モンゴル帝国は中国を占領し、フビライの時中国は「元」となり巨大な中国となった。その勢いをもって、1274年3万の軍勢で襲来(文永の役)、1281年14万の軍勢で襲来(弘安の役)と2度の日本征服計画が実行された。しかし、元軍が海戦に不慣れだったこと、日本の武士達が奮戦したこと、暴風雨が来たことによって、この計画は失敗した。この襲来の予言書となったのが、1260年に日蓮聖人によって書かれた『立正安国論』である。


鎌倉時代の日本の総人口は、今の千葉県と同じ600万程、かたや「元」の総人口は9000万といわれ、15倍の人口があった。そんな国と私達のご先祖が戦ったことを忘れてはならない。現代の日本人が、人口比をもって中国を恐れては、ご先祖にも申し訳ない。4月28日は、鎌倉時代の日本人の気概を忘れない、記念日にしなければならない。


歴史に学ぶことは、今を考える上で、非常に大切である。

  • ohuchi8
  • 2013年3月29日
  • 読了時間: 2分

3月23日は、春彼岸明けである。一昨年は、震災の影響でお寺も閑散としていた。今年は、ようやく賑やかさが戻り、墓参の車も新車が多くなり、復興の兆しを感じることができた春彼岸であった。お彼岸は、平安時代に始まった日本独特の仏教行事で、春と秋の2回あるが、そこには仏教の教えが込められている。春分の日・秋分の日を中日といい、前後3日を含め7日間である。7という数字は、インドでは成仏を意味する、聖なる数字である。それは、お釈迦が生まれ落ちた時、7歩あるいて「天上天下 唯我独尊」と言った故事に由来する。そして、彼岸に中日がもうけられているのは、昼と夜の長さが同じであるところからきている。つまり、どちらにも偏らない中道の教えが、仏教の根本であることを、墓参を通じて教えているのである。


青天の霹靂、平成23年3月11日の震災は、春彼岸の一週間前であった。もし、一週間後の彼岸の入り日に来ていれば、お寺の本堂・墓地で多くの死傷者が出ただろう、考えただけでゾットする、何事もなく本当に幸運であった。そして、あの日は平日の友引という、もう一つの幸運にも恵まれた。平日なので法事もなく、友引なので葬儀も納骨もなかった。当山でも、11日が友引なので一日早めて、10日に葬儀を執り行い、危機一髪のところであった。震災後の、本堂や墓地の惨状を見て、背筋が寒くなったのを覚えている。三回忌が終わり春彼岸が過ぎ、改めてお寺で死傷者が出なかったことに、仏様やご先祖様のご加護に感謝である。そして、被災地の一日も早い復興を願わずにはいられない、今日この頃である。

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