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  • ohuchi8
  • 2007年9月1日
  • 読了時間: 1分

 日本のスポーツは、明治以来「型」にはまった従順な選手を養成する事に、重点をおいてきた。その元型である大相撲に、激震が走っている。横綱朝青龍の仮病疑惑から始まった、一連の騒動である。この問題の発端が、相撲ではなくサッカーであったことが、興味深い。サッカーは、型にはまらない意外性が求められるが、相撲は型が重んじられる。そして、横綱の奉納土俵入が行われるように、日本の民族宗教神道と深く結びついている。プロスポーツでありながら、宗教行事である大相撲、この微妙なバランスを取らなければ、今の大相撲は成り立たない。


 プロスポーツは普通シーズンオフがあるが、生き神様である横綱にシーズンオフはない、滅私奉公・昼夜常精進が求められる。横綱在任中は、この難しい役割を演じ続けなければ、大横綱にはなれない。神事としての大相撲を、モンゴルから来た従順でない朝青龍に理解させるのは至難の技である。それにしても、楽しそうにサッカーを興じている映像は、耐える姿に美しさを感じる日本人には、刺激的であった。



 この騒動が、国際化する大相撲改革のゴールになるか、自滅のオウンゴールのなるか、気がかりである。

  • ohuchi8
  • 2007年8月1日
  • 読了時間: 1分

 7月29日の参議院選挙は、年金台風が吹き荒れ、与党に大きなツメ跡を残した。選挙直前にばんそうこう姿であらわれた赤城農水大臣は、満身創痍になる与党を予見したかのようで迫力があった。政治家よりも予言者の方が向いているのかも知れない。しかし、よく考えてみると、あの痛々しい姿は、基幹産業である農林水産業がグローバリゼーションの波に飲み込まれ、キズついた地方の姿とも重なる。グローバリゼーションは、先進国と新興国の所得格差を縮めると同時に、1国内の所得格差を広げる副作用がある。


 少子高齢化が進む地方は、この影響をまともに受けてしまった。この広がり続ける地域格差を是正するには、ばんそうこうでは足りず、包帯とギブスが必要である。



 法華経に「以信代慧」(信を以て慧に代える)という考えがある。この国難の時、政治家は信念を基とし、おおいなる創造力と実行力が求められる。

  • ohuchi8
  • 2007年7月1日
  • 読了時間: 1分

 好縁墓にライブカメラを取り付けて、7月1日で満3年になる。この間、ネットでお墓参りができるお墓として、度々マスコミで紹介され、知名度もかなりアップした。先日は、海外からお墓参りをする檀家も加わり、「石の上にも三年」ようやく当初の目的を達成することができた。


 1995年から構想を練り、1997年に計画に着手、2002年に完成したが、ネットとの接続が問題であった。その問題解決の参考になったのが、スキーのジャンプである。逆風の中、遠くに飛ぶには、踏み切りのタイミングと方向性が大切であるといわれるが、これは、逆風の時代を生き抜く極意でもあると感じた。


 仏教では、現象の背後に真実がある(諸法実相)と考えるが、まさに好縁墓をジャンプさせる極意が、スキーのジャンプに隠されていた。


 私達は、世の中の様々な現象に細心の注意を払い、日々感性をみがき真実を探求する努力を怠ってはならないのである。

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