豆まき
- 2007年2月1日
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自然界は、節分・立春を前にすでに春である。季節外れの便りが伝えられ、冬とは名ばかりの歴史的暖冬である。
しかし、人間界は柳沢大臣の「女性は産む機械」等の発言もあり大荒れ、悲惨な事件も続発し厳冬である。仏教では、人に十の心が存在すると考える。それは、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の六道と声聞・縁覚・菩薩・仏の四聖である。この内、地獄・餓鬼・畜生を三悪道といい、人として踏んではならない道である。三悪道に落ちた象徴的な姿が、節分の鬼である。 一方、声聞から仏までの四聖は、覚りへの道程であり、仏に到る段階である。仏の声を聞き、仏と縁を結び、仏のように忘己利他を実践し、仏に成る、これは仏教の理想である。豆まきで家から外に追い出される鬼は、私達一人ひとりの心の中に棲む鬼をも意味する。豆はまめ(まじめによく働く)に通じ、日々まめに精進努力し、弛まず心を鍛錬し、人の為に尽くすことが成仏への道である。人は年を重ねるだけでは、大人にはなれない。