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はやぶさ

2010年6月25日
読了時間: 2分

6月13日、2003年5月9日に打ち上げられた、小惑星探査機「はやぶさ」が、60億キロの旅を終え、7年ぶりに地球に帰還した。


 数多くのトラブルに見舞われながらの帰還は、失われた20年を経験し、自信喪失気味の日本国民に、大きな勇気と希望を与えてくれた。

 ネットの世界では、「はやぶさ君」の愛称で呼ばれ、あきらめない姿に共感したファンが多く、人気者になっていた。私自身も、この探査機に強い思い入れがあった。それは、「はやぶさ」の打ち上げが、好縁墓の落慶法要2003年5月11日の2日前であった事に起因する。このお墓は、光ファイバーでの動画配信を目的に作られた新しいタイプのお墓で、まだ未知数であった。期待と不安が入交る打ち上げが、好縁墓の行く末を案ずる気持ちと共通していた。

 今回の「はやぶさ」の成功は、あきらめない事の大切さを、改めて教えてくれた。日蓮聖人60年の生涯も、7文字のお題目を弘める、苦難の連続であったが、あきらめない姿は「はやぶさ」60億キロの旅に重なる。そして、日蓮聖人の命日13日に、地球に帰還した事に奇しき因縁を感じる。

 世の中の出来事は、目に見えない糸に操られ、摩訶不思議な現象として現れる。25日の暁天サッカー、日本対デンマーク戦は、マスコミに酷評されながらもあきらめない気持ちが凝縮された、岡田監督会心の試合であった。


 「早起きは三文の徳」のことわざがあるが、3得点はそんな監督への神仏からのプレゼントであったのだろう。「陰徳あれば陽報あり」とは日蓮聖人の言葉である。

 
 

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