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吉宗と晋三

  • 2014年12月29日
  • 読了時間: 2分

12月24日、安倍晋三首相が、第97代首相に選出された。これで、消費税が2017年4月に、10%に引き上げられることも確定した。安倍首相は、消費税を2倍にした大増税首相として、名を残すことになる。


 歴史を遡れば、大増税を行った政治家として、「享保の改革」を断行した、徳川第8代将軍吉宗がいる。 吉宗は、「徳川幕府中興の祖」として語られるが、一方では、農民から苛酷な年貢増徴を行った将軍としても有名である。当時の時代状況は、今日の日本の状況とよく似ている。元禄バブル崩壊による、徳川幕府の財政危機や、元禄関東大地震(1703年)、宝永大地震・富士山大噴火(1707年)、と打ち続く自然災害により、18世紀初頭は未曾有の混乱期であった。この危機を救うべく奮闘した、名だたる政治家に荻原重秀・新井白石がいる。


 しかし、二人ともさしたる成果をあげることができなかった そこで、白羽の矢が立ったのが、紀州藩で藩財政を見事立て直した吉宗であった。1716年、将軍となった吉宗の喫緊の課題は、幕府財政をどう立て直すかということであった。そこで、彼は代官たちを督励して、年貢増徴に踏み切った。その副作用として、農民の怒りを買い、百姓一揆が頻発した。しかし、火の車であった幕府財政を立て直すには、どうしてもやらなければならない政策であった。この政策を物語るエピソードに、勘定奉行神尾春央の「胡麻の油と百姓は、絞れば絞るほど出るものなり」がある。いかに、苛酷な年貢取立てであったかが読み取れる。


 300年の時を経て、安倍首相は同じ立場にある。この難局を乗り切り、成功に導くことができれば、後世に「平成の改革」を断行した政治家として、評価される。吉宗は、徳川幕府を危機から救った名君として、安倍晋三は日本を危機から救った宰相として、歴史に名を刻むことができるだろう。

 
 

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