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広島の土砂災害

2014年8月31日
読了時間: 2分

8月20日、当山の施餓鬼法要が行われた。夕方、広島市で局地的集中豪雨により、大規模な土砂災害が発生し、多くの死傷者が出たことを、テレビのニュースで知った。現場の映像を見ながら、つい3.11を思い出してしまった。広島は、地震や津波をさほど心配しなくてもよい地域なので、災害に対し危機感が希薄だったのかも知れない。山の中腹にまで、住宅地が広がっている光景を見ていると、これは、ある意味人災とも言えなくはない。これを契機に、よく検証し対策を講じ、二度とこのような災害を起こさない事が、亡くなった人達への最良の供養になると思っている。

 以前、広島を訪れた時、こんな所にまで住宅が建てられているのかと、驚いた記憶がある。東北の人間からすれば、スキー場に適した場所に宅地造成したというのが、正直な感想であった。人口が多く平野部が少なく、前は海後ろに山が迫る地形状、このような宅地造成がなされたのだろうが、大地震や大雨が心配であった。そんな心配が現実となり、改めて自然の恐ろしさを再認識させられる、土砂災害となった。

 今回の出来事は、当山にとっても無縁ではない。なぜなら、当山も被災地と同じような、立地条件だからである。違いは、地スベリ危険地域に指定されていることである。実は、この指定によって平成14(2002】年に造成した好縁墓が、9年後の3.11の大地震に耐えることができた。それは、土砂崩れを防ぐために、2000トンの土を剥ぎ取り、岩盤に直接擁壁の基礎を築き、地スベリしにくい土にして、埋め戻したからである。仙台市内の傾斜地にあった多くの墓地は、見るも無残な惨状であったにもかかわらず、好縁墓が無傷であった要因である。

 危険地域指定の効能は、普段から危機感を持つ事ができ、最悪を想定する事によって、対策を決断しやすくする所にある。大難を小難、小難を無難、にする努力を怠ってはならないことを、広島の土砂災害は教えてくれる。

 
 

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