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日露戦争と宇露戦争

  • 2023年2月27日
  • 読了時間: 2分

2月24日、ロシアによるウクライナ侵攻から丸1年、戦争がいつまで続くのか、プーチン大統領だけが決められる。それにしても、ロシアの人命軽視の非人道的行為には、あきれると同時に恐怖を感じる。こんな国が隣国だと思うと、日本の安全保障に危機感を覚える。そんな大国ロシアに、明治維新から35年の新興国日本が戦いを挑み、勝利を収めたことは奇跡的である。この勝利が、「神国日本」思想の跋扈を招き、軍部の暴走を許し、後の太平洋戦争への序章となったことは皮肉である。その最大の罪は、神風特攻隊を生み出したことである。

 日露戦争は、明治37年(1904)2月8日に始まり明治38年(1905)9月5日に、アメリカの仲介によりポーツマス条約を締結し講和した。この日本の勝利は、世界に衝撃を与え、フィンランドではバルチック艦隊を撃破した連合艦隊司令官東郷平八郎に因んで、東郷ビールが発売されたほどであった。日本国内もお祭り騒ぎで大いに盛り上がったが、日本の人的被害は戦死者約8万人、戦傷者約14万人と甚大であった。この勝利は、アメリカ・イギリスの援助を受けた、薄氷を履む勝利であったことを忘れてはならない。

 今回の宇露戦争を見ていると、なぜか120年前を思い出してしまう。私事になるが、日露戦争で母方の先祖が兄弟で戦死している。兄は、明治38年2月27日に奉天会戦で戦死した陸軍大尉泉順三郎(30歳)である。弟は、明治37年9月2日遼陽会戦で戦死した陸軍中尉泉富之助(28歳)である。日露戦争で兄弟二人が戦死したのは、陸軍大将乃木希典の子息、乃木勝典と乃木保典兄弟の両家だけだったので、泉兄弟の出身地である旧角田町では、町あげての盛大な葬儀であったと、祖父から聞かされていたことが影響している。尚、乃木希典夫妻は、大正元年9月13日明治天皇大喪の日に殉死している。

 日蓮聖人は、『立正安国論』で「国に衰微無く土に破壊無くんば、身は是安全にして、心は是禅定ならん」と述べている。国が衰えたり破壊されたりしなければ、身体は安全で、心は安穏に過ごすことができると、教えている。ようするに、平和の尊さを教えているのである。この忌まわしい宇露戦争が、一日も早く終結することを願うばかりである。

 ウクライナはロシアの隣国、日本もロシアの隣国であることを、忘れてはならない。2月27日は、泉順三郎の祥月命日である。

 
 

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