東北は鬼門
- 2017年5月1日
- 読了時間: 2分
4月25日、今村前復興相は、自分が所属する自民党二階派のパーティーで「まだ東北で、あっちの方だったから良かったけれど、これがもっと首都圏に近かったりすると、莫大な甚大な被害があったと思っている。」と発言し、辞任に追い込まれた。東北は鬼門、「あっち」とは漢字で書くと「彼方」、「かなた」とも読み、遠い所で良かったと言いたかったのだろう。原発事故にあっちもこっちもなく、日本全体に大変な影響が及んでいることに思いが至らず、創造力が欠如している。東大法学部卒としては、何ともお粗末な思考力である。
復興相は、だいたい原発立地県から選ばれることが多く、ご多聞に洩れず今村前復興相も玄海原発のある、佐賀県出身である。当選7回にして初めて大臣となり、何を勘違いしたのか上から目線の発言を繰り返し、自滅したのだから自業自得である。「実るほど頭が下がる稲穂かな」の言葉を贈りたい。それにしても、福島県の原発被害者に対して、復興相の立場を忘れた、思いやりのなさには、驚いてしまった。東北人として、こんな人が大臣だったのかと思うと、怒りを通り越して情けなくなってしまう。
この問題発言後、会場にいた安倍総理がすぐさま「極めて不適切な発言があった。任命責任は私にある。こうした結果になったことについて、心から国民の皆様にお詫びする。」と謝罪したのもうなずける。これも、今村前復興相のあまりに心ない発言に対し、これはまずいと思った総理のとっさの判断だったのだろう。この一件は、安倍内閣にとって手痛い失策となったが、「後の祭り」である。籠池問題に続いて、またまた野党に恰好の追及材料を与えてしまった。
福島第一原発事故は、私自身にとっても苦い思い出がある。平成23年6月11日父が亡くなり、葬儀の案内を父の故郷である福島県楢葉町の親戚に連絡しようとしたが、どこに避難したのかわからず、結局誰も葬儀に出席できなかった。後に話を聞くと、5・6ケ所を転々とし、事故後4ケ月たった7月に、ようやく会津の美里町に落ち着いたとのことであった。原発事故は、多方面に甚大な被害をもたらすことを、父の葬儀を通して教えてくれた。今度の吉野復興相は福島県出身なので、心の通った復興行政をしてくれるものと期待している。