火葬と土葬
- 2023年4月29日
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4月26日、河北新報に『土葬可能な霊園 石巻に建設要望』という記事が載っていた。内容は、「宮城イスラム国際共同霊園をつくる会」の代表者が石巻市を訪れ、市内に土葬可能な墓地を建設するよう求めたというものである。イスラム教の教典コーランには、「現世で罪深く過ごした人間は、地獄の炎で焼かれる」とあり、火葬は地獄のイメージと重なりタブーとされている。こ宗教的問題に、石巻市がどのように対処するのか、注目していきたい。
当山の近くには、東北で唯一のイスラム教寺院があり、金曜日には多くのイスラム教徒が礼拝に訪れる。このような光景を目にしていたので、河北新報の記事に驚きはなかった。イスラム教徒の火葬に対する禁忌と、火葬率ほぼ100%の日本で、どのように折り合いをつけるのか、難題をつきつけられている。これからも、イスラム教徒は増加する一方なので、土葬墓地建設が将来大きな社会問題としてクローズアップされるのは必定である。日本では、法律によって土葬は禁止されていないが、市町村の条例や墓地の管理規約で禁止されている。国内には、土葬可能な霊園は数ヶ所あるが、イスラム教徒の墓地需要を満たすことは、到底できないだろう。
日本の土葬の歴史は、縄文・弥生時代から続いてきたし、鎌倉新仏教の興隆によって火葬も広まったが、土葬が廃れることはなかった。江戸時代には、徳川幕府が儒教を重んじ、先祖崇拝や親孝行を尊ぶことにより、親の遺体を火葬することは親不孝と考えられ、土葬が主流であった。明治時代になって、人口増加・都市化が進み土地不足と公衆衛生面から火葬へと政策転換が行われた。日本は仏教国なので火葬に対するタブーがなかったので、順調に火葬は普及し、今では世界一の火葬国となっている。
それでは、なぜ日本がこれほど順調に火葬が進んだのかといえば、仏教の開祖であるお釈迦様は死後荼毘に付せられ、その舎利が信仰の対象になった事、日蓮聖人も東京池上で荼毘に付された後に山梨身延山に埋葬されている。法華経には「広供養舎利 咸皆懐恋慕 而生渇仰心」(広く舎利を供養し、咸く皆恋慕を懐いて、渇仰の心を生ず)とあり、舎利信仰が説かれてもいる。日本人にとって舎利になること、つまり、火葬されることは望ましいことなのである。宗教的火葬禁忌がなかったことが、日本を火葬率世界一にした要因であったことを、忘れてはならない。