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戦後80年に思う

  • 144491
  • 8月30日
  • 読了時間: 2分

8月15日、戦後80年の終戦記念日ということもあり、8月は戦争関連の番組が数多く放映された。戦後生まれの団塊の世代にとって、戦争体験はないが敗戦後の混沌とした貧しい生活は経験した。当時、米兵にもらったチョコレートの味は、忘れることはできない。おやつは、朝の味噌汁に入ったジャガイモを食べていた子供にとって、こんなおいしいものが世の中にあるのかと、驚きでしかなかった。  小学生になり、戦争帰りの教師に戦争体験を聞き、日本が敗戦国ということを知り、この現実を理解することができた。その内に、コッペパンと脱脂粉乳の学校給食が始まったが、脱脂粉乳のまずさだけは、今でも鮮明に覚えている。後に、アメリカでは脱脂粉乳は牛の餌であることを知り、あのまずさを納得した。そして、これが敗戦の味なのかとほろ苦い思い出である。  あれから80年、戦後の貧しさそして高度経済成長を経験し、豊かになった今日の生活を考えると感無量である。主要都市への絨毯爆撃、広島・長崎への原爆投下を経験した日本、この平和な時代が末永く続くことを願っている。ウクライナやパレスチナの惨状を見るにつけ、平和のありがたさが身に染みる。それにしても、ロシアやイスラエルのやっていることは狂気の沙汰である。  戦前の日本も、今から考えると狂気の沙汰である。1894年の日清戦争、1904年の日露戦争、1941年の太平洋戦争と、半世紀のうちに三つの大国と戦争したのだから、すごいというか無謀というか、当時の日本人の気持ちを理解することはなかなか難しい。これを理解するには、靖国神社の歴史を知ることが参考になる。靖国神社は、明治天皇の命により1869(明治2)年に東京招魂社として創建され、1879(明治12)年に現在の靖国神社に改称された。  靖国神社は、もともと戊辰戦争の戦死者を慰霊するために建立されたが、日清戦争・日露戦争を通して戦死者を英霊として祀るようになった。それは戦死を美化し称賛することによって、軍国主義を助長し戦争へのハードルを低くすることとなった。多くの死者を生む戦争、死者を弔う宗教は切っても切れない関係であることを忘れてはならない。

 
 

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