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プロフィール

登録日: 2025年7月1日

記事 (14)

2026年10月1日 ∙ 2 分
令和8年楽天イーグルス9月
9月30日現在、楽天イーグルスは56勝82敗で借金26と断トツの最下位である。今シーズンは、球場の愛称を「楽天モバイル最強パーク宮城」と変更し、「最強」の文字が入った。この愛称を聞いた時、嫌な予感がした。楽天がソフトバンクのように強ければ納得できるが、Bクラス常連の楽天が最強を入れるとは、悪い冗談としか思えなかった。強いチームは、最強などの文字は入れないし、最強と言ったとたんに運も逃げていく。今年の楽天は、勝利の女神にも見放され、勝ちゲームも中継ぎ投手が次々と打ち込まれ、散々なシーズンとなった。  石井一久GMは、これまで8年間で2度の3位が最高で、チーム編成の責任者としていかがなものか、疑問符が付く。金銭やトレードで獲得した選手で、まともに1軍で活躍した選手は、浅村選手と酒井投手そして中日に移籍した涌井投手の3人だけであった。反対に放出した選手が、移籍先で1軍で活躍している姿を見ると、なんとも複雑な気持ちになる。石井GM が 行ったトレードで一番驚いたのは、左腕の高梨投手を巨人に出した事である 。貴重な左腕投手を放出するとは、どうゆうことなのかと思っていたら、石井GMが左対左の...

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2026年8月31日 ∙ 2 分
豊臣兄弟」3
8月23日、NHK大河ドラマは信長亡き後の後継を争う「賤ケ岳の決闘」が放映された。この戦いで、柴田勝家は秀吉に敗れ自身の居城である北庄城に逃れたが、秀吉軍に包囲され城に火を放ち、妻お市と共に自害して果てた。「賤ケ岳の決闘」での注目の場面は、前田利家が勝家に天下を取るよう懇願したが、聞き入れられなかった。これに失望した利家は、勝家に味方することはなかった。利家と勝家は、越前の一向一揆鎮圧に共に戦った盟友であっただけに、勝家にとっては不本意だったろう。勝家は、信長の妹お市を娶ったのであるから、自らが織田家の守護者として、天下を取る気概を見せていればと思うと、残念である。  前田利家は、信長・秀吉に重用され加賀百万石の礎を築いた、尾張出身の戦国大名である。そして、豊臣政権を支える有力大名となり、秀吉亡き後は幼い秀頼を補佐し、五大老最年長の実力者として、難しい政権運営に尽力した。しかし、利家は「関ヶ原の戦い」(1600年)の前年に62歳で死去し、豊臣政権にとって大きな痛手となった。もし、利家が存命ならば家康は「関ヶ原の戦い」を、起こすことはできなかっただろう。利家は、生前には織田家を見限...

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2026年7月31日 ∙ 2 分
豊臣兄弟2
7月26日、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟」は、「天下への道」のテーマで山崎の戦いが放映された。山崎の戦いは、秀吉の備中からの中国大返しで主君信長の弔い合戦に挑み、光秀を打ち破った戦いとして有名である。秀吉は、この戦いで勝利したことが、天下取りの第一歩となった。それにしても、備中高松城から山城国山崎まで230キロを、武具を付けて一週間余りで踏破したのだから、驚異的である。  「天下への道」の中で一つ気になったのは、秀吉と生け捕りにされた光秀が、お茶席で対面する場面である。歴史的には、光秀は逃走中に土民に殺されたのであり、生け捕りにされたという史実はない。あえて、秀吉と光秀が対面する場面を創作した意図は何だったのか、正直分からない。この二人の会話の中で、信長によって京都から追放された足利義昭を将軍にする為、「本能寺の変」を起こしたと光秀に語らせている。諸説の理由があるだけに、この場面が必要だったのかは、意見の分かれるところだろう。  先週の「本能寺の変」で信長の登場は終わったが、これまでの小栗信長の圧倒的な存在感を見ていると、タイトルの「豊臣兄弟」に違和感があった。内容的には、「信長と...

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